低分子化ヘミセルロース臨床例

低分子化ヘミセルロースの免疫調整作用および抗がん活性

 
それでは、私たちの臨床経験から幾つかの具体的なケースを報告しましょう。
 
次に紹介するのは、「低分子化ヘミセルロースの免疫調整作用および抗がん活性」を、前立腺がん、乳がん、血液がん(多発性骨髄腫、リンパ腫)、子宮頸がん、卵巣がん、膀胱がんなどで検討した結果です。
 
次の症例の大部分の患者さんの状態は、1995年の試験開始から1998年までの経過を示しています。がんの再発や患者さんの生存率についてさらに明らかにするために、低分子化ヘミセルロースによる治療を始めてから3年未満の患者さんは入れてありません。
 
なお、NK細胞の活性は、K562(白血病がん細胞株)を標的として使用する「標準クロミウム放出試験(アッセイ)」により調べました。この試験では、100:―の比で患者さんの白血球100万個をK562がん細胞1万個に加え、4時間培養後、NK細胞によって死亡したがん細胞の割合を調べました。
 
方法を簡単に説明すると、まず、血液を10ml採血し、赤血球と白血球に分けます。次に、私たちの研究室で何年間にもわたって育てているがん細胞の細胞株をとり出します。これがK562です。
 
とり出したがん細胞の中にCr51(クロム51)という放射線物質を入れ、がん細胞の中に浸透させたあと、残っているCr51を洗い落とします。このようにしたがん細胞を、96の小さなくぼみがついているプレートの中に入れ、さらにその中に白血球を加えます。
 
そのプレートを、人間の体温と同じ温度に設定されている保温器に入れ、4時間後にとり出します。
 
がん細胞が死んでいれば細胞膜が破れているので、中に入れてあるCr51が外に出ているわけです。
 
そして、ガンマーカウンター(Cr51から放出されるγ線を計測する器械)でがん細胞が幾つ死んだかを数えます。
 
たとえば、最初にがん細胞が100あって、NK細胞によって20のがん細胞が破壊されたとすると、この場合には20%の活性率ということになります。あるいは、100のがん細胞のうち80が破壊されていたとすると、活性率は80%ということになります。
 
この試験方法は、世界じゅうのNK細胞学者が行っている一般的で最も正確な測定方法です。
 
この症例は、それぞれの患者の膨大なカルテ、報告書などから、わかりやすくするためにエッセンスをまとめたもので、くわしい診療経過や詳細なデータは省略してあります。
 

米国カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校
UCLA/DREW医科大学
免疫学教授 マンドゥ・ゴーナム博士
医療機関専用BRM-ARABIX for Medical Doctors

前立腺がん

アメリカでは、毎年16万5000人が前立腺がんに罹患し、そのうち65才以上の男性が1/4を占めています。また、3万5000人の患者さんが前立腺がんで死亡しているというとても恐ろしいがんです。
 
前立腺がんの治療は、体内でのテストステロン(男性ホルモン)の産生を低下させるホルモン療法が主ですが、副作用としてインポテンツが起こるおそれがあります。
 
すべての男性が早いうちにPSA(前立腺がんの腫瘍マーカー)一次検診を受け、がんが発見されたら、併用ホルモン療法(CHT=ユーレキシンとリューブロンを投与してテストステロンの産生を減らし、がん増殖のエネルギーを排除する方法)と低分子化ヘミセルロースの服用を2~3ヵ月つづければ、期待できる効果が得られるでしょう。
 
 

症例1◆60才の男性 前立腺がん ホルモン療法

 
この患者さんには、1995年2月にUCLA/DREW医科大学の医療ビルのエレベーターで偶然再会しました。いろいろ話しているうちに、彼は前立腺がんで治療中ということでした。
 
担当医師の説明では、中等度の動脈狭窄があるため、もし手術をした場合には、患者にとって心身ともにとても大きな負担となるということでした。彼は手術を躊躇していました。手術以外では放射線療法がありますが、長期的な結果はあまりよくなく、85%の症例で通常10年以内にがんが再発していることを彼は知っていました。
 
私は彼に、研究中であった低分子化ヘミセルロースについて説明し、4~10月の約6ヵ月間、フルタミドとルプロンの併用ホルモン療法に低分子化ヘミセルロースを服用することをすすめました。これは、テストステロンの産生を減少させ、前立腺内でがんに供給されるエネルギーを除去するためです。
 
低分子化ヘミセルロース投与中は、PSAおよびNK細胞の免疫機能を追跡しました。そして6ヵ月目の10月、治療経過を検討するために生検(疑いのある生体組織を切りとって顕微鏡で調べる検査)を受けてもらいました。9項目の組織試料を採取したのですが、すべて陰性。彼のガンは寛解していたのです。
 
低分子化ヘミセルロースとホルモン療法がどのように関与したかはわかりません。ホルモン療法が進行を遅らせ、低分子化ヘミセルロースがガン細胞を排除したのかもしれません。そこで、1995年10月末にホルモン療法を中止し、低分子化ヘミセルロースだけを現在まで継続しています。毎年、生検を受けてもらっていますが、結果はすべての項目で陰性です。
 
低分子化ヘミセルロース投与後に、高いNK細胞活性を維持したことは実に興味深いことです。
 
1996年11月に山火事で彼の家が全焼してしまうという事件が起きたときには、NK細胞活性値が突然60%から19%に低下したことがあります。ストレスがNK細胞活性を弱めたのですが、2ヵ月後にはNK細胞活性が再び正常に戻ったので一安心しました。
 
 

症例2◆69才の男性 前立腺がん・ステージC 手術

 
この患者さんはプロのテニスプレーヤーで、とても69才には見えません。前立腺がんのステージはCまたはT3Bと診断されていました。臨床検査結果は、PSA値8.5(正常値4.0以下)でした。1996年1月10日に凍結手術を受け、射精機能を失ってしまいました。
 
彼は、1996年1月24日に私どもの研究所を訪れました。このときのNK細胞活性値は33.7%でしたので、この数値をNK細胞活性基礎値としました。
 
1996年2月15日から低分子化ヘミセルロースの投与を開始し、NK細胞活性値とPSA値を毎月検査しました。するとNK細胞活性値は44.5%と上昇しました。PSA値は2ヵ月後に0.02となり、投与後6ヵ月には0.0になったのです。
 
ある日、私の家に彼から電話がありました。自宅にまで電話してくるくらいだから、病状が急変したのかと思いましたが、なんと、性機能が回復して射精機能が正常になったと、喜んで電話をしてきたのでした。もちろんテニスプレーヤーとしても社会復帰できたということです。
 
低分子化ヘミセルロースを投与した2年間、PSA値が0.1~0.3と非常に低いレベルを維持していることからもわかるように、再発の兆候は認められません。
 
この患者さんはとてもエネルギッシュで、年に数回旅行しているといいます。これは精神的にもとてもいいことで、PSA値を低く保つために役立っていると思います。
 
前立腺がんは、凍結手術後の再発率がとても高いことで知られていますが、このかたのケースは低分子化ヘミセルロースの投与ががんの再発を防ぎ、正常な生活への復帰に大きく貢献した好例です。
 
 

症例3◆56才の男性 前立腺がん ホルモン療法

 
このかたは、1991年に前立腺がんと診断されました。そして、数年間ルプロンによるホルモン治療をつづけ、PSA値0.01ととても低い数値になりましたので、ルプロンの投与を中止しました。そして、低分子化ヘミセルロースの投与を始め、7ヵ月間は0.04~1.7とPSA値が低く保たれていました。
 
ところが、1995年8月に、急にPSA値が4.3に上昇したので、少量のルプロンを3ヵ月間低分子化ヘミセルロースと併用したところ、再びPSA値が0.01になったため、ルプロンを中止しました。

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乳がん

 
低分子化ヘミセルロースは乳がん治療にとても大きな成功をおさめているので、乳がんに罹患している世界じゅうの患者さんにとても大きな希望となるでしょう。
 
ここに紹介する6例は、いずれも手術、化学療法、放射線療法などの通常の治療を受けた患者さんで、低分子化ヘミセルロースの投与により、乳がん患者が3年間マンモグラフィー(乳房X線検査)で異常がありませんでした。
 
最初の1~2年間でマンモグラフィーが正常なのは、これらの通常療法の効果である可能性が高いのですが、しかしその場合には初診から3年後のがんの再発率は高いといえます。
 
低分子化ヘミセルロースを投与した患者さんのマンモグラフィーが3年以上も正常だということは、最初に実施した従来の療法の効果だけでなく、免疫機能が正常に働き始めたからだといえましょう。
 
 

症例4◆44才の女性乳がん 手術と化学療法

 
性格の明るいこの44才の患者さんは、1994年12月に右の乳がんと診断されました。すぐに手術と化学療法を受け、その後私のところに来られたのですが、1995年5月のNK細胞活性基礎値は39.9%でした。
 
低分子化ヘミセルロース投与1ヵ月後、NK細胞活性値は48.9%に改善され、1995年10月には、ほぼ2倍の83.5%となりました。
 
それ以来この数値を維持しており、マンモグラフィーにも問題がなく、がんの再発がないことを示しています。もちろん、CTスキャンも全く問題ありませんでした。
 
 

症例5◆59才の女性乳がん 手術と化学療法

 
この患者さんは1984年8月に浸潤性乳管がんと診断され、通常の治療を受けました。そして、2年後の1986年10月にがんが胸壁に再発してしまいました。1991年7月から1992年8月にかけて化学療法を受け、治療は順調に進み、残っているがん細胞を殺すためにタモキシフェンの投与を継続していました。
 
ところが、1995年1月に再びステージⅣの進行がんが再発し、胸壁への浸潤が認められました。
 
そのときのNK細胞活性値は34%でした。そこで低分子化ヘミセルロースを3年間投与したところ、NK細胞活性値は65%に上昇し、最終的には88%に達しました。
 
患者さんの疲労度は通常の治療をしているときよりもはるかに少なくなり、精神的にもおだやかな生活に戻れたようです。担当医師からの報告によると、現時点でがんは認められていません。
 
この患者さんは、いつもご主人と息子さんのあたたかい家族愛に支えられており、これが進行がんとの闘いに勝った一つの秘訣でしょう。
 
 

症例6◆50才の女性乳がん 手術と化学療法

 
X線技師のこの患者さんは、1991年3月に左の乳がんと診断され、通常の治療を受けました。
 
ちょうど1年後に私のところに来られたわけですが、CEA(乳がんの腫瘍マーカー)値は3.4で、NK細胞活性値は5%ととても低い数値でした。
 
さっそく低分子化ヘミセルロースの投与を開始したところ、7ヵ月以内にCEA値は1.7まで低下しました。2ヵ月後にNK細胞活性値を調べてみると58%と10倍も増加していました。
 
いまも低分子化ヘミセルロースを継続して投与していますが、現時点まで免疫反応は正常を維持していると同時に、マンモグラフィー、CTスキャンに異常が認められないので、ガンのない状態がつづいているといえます。
 
 

症例7◆43才の女性乳がん 手術と化学療法

 
43才の陽気なこの患者さんは、1992年に左の上皮化生を伴う浸潤性乳管がんを示す乳がんと診断されました。乳房根治切除術後、化学療法を受けました。ところが3年後、左頸部および左上胸部のしこりに気づき、左頸部の吸引生検を実施しました。その結果、固形塊が認められ、病理学的に悪性腫瘍が確認されました。
 
再び化学療法を実施すると同時に、低分子化ヘミセルロースの投与を開始しました。この時点でのNK細胞活性値は33%でした。1週間後に再びNK細胞活性値を調べてみると56.5%まで上昇しており、1年後の1996年3月に実施したCTスキャンおよび生検ではがんは認められませんでした。NK細胞活性値も含めて、現在まできわめて良好な状態がつづいています。
 
この患者さんは、いろいろなものへの好奇心があり、特に自分の健康に関する代替療法として東洋医学に興味を持っていました。とても良好な健康状態を維持してこられたのも、患者さんが「病気と闘い」、「治療する」という意識を持っていたためでしょう。このような気持ちは免疫療法の結果を大きく左右するものです。
 
 

症例8◆51才の女性 乳がんと肺がん 手術と化学療法

 
1994年1月、左胸の乳がん(浸潤性乳管がん)のステージⅣと診断された51才の患者さんは、腫瘍摘出手術を受け、1994年12月のマンモグラフィーではがんは認められませんでした。
 
ところが、1995年8月18日に耐えられないほどのせきと息苦しさを訴えたため、気管支内生検を行ったところ、プロゲステロン(黄体ホルモン)受容体十の腺がんが認められました。おそらくこれは、肺原発性の小細胞がんではないかと思われます。
 
1995年8月25日に私のところに来られ、化学療法と低分子化ヘミセルロースの服用を開始しました。
 
このときのNK細胞活性値は19%と非常に低いレベルでした。少しずつ活性値は上昇しましたが、化学療法の副作用のため活性値は20~30%で推移していました。
 
しかし、1996年と1997年に撮影したマンモグラフィーはいずれも異常が認められず、陰性でした。
 
 

症例9◆51才の女性 乳がん 化学療法と放射線療法

 
子ども2人の母である51才の患者さんは、月経周期異常がある以外、これといった病気もせずに健康に恵まれて過ごしてきました。
 
ところが、1994年12月、左胸にしこりがあることに気がつきました。すぐに医者に行き、切除生検の結果、腫瘍が認められたため、1995年1月からタモキシフェン(化学療法)と放射線療法を始めました。そしてこの療法が始まった時点から、がん再発予防のために代替療法をさがし始めました。
 
1995年3月、知人の紹介で低分子化ヘミセルロースでの療法をするために私のところに来られました。
 
そのときの患者さんのNK細胞活性値は36%という低いレベルでしたが、これはおそらく放射線療法の作用に起因する可能性があります。
 
低分子化ヘミセルロースを2ヵ月投与したところ、NK細胞活性値は55%まで上昇し、さらにその後67%にまで達しました。低分子化ヘミセルロースを継続することにより、免疫系の活性は高いレベルで維持され、マンモグラフィーでも異常はなく、陰性でした。
 
1995年7月には、患者さんの精神的なエネルギーも非常に高くなると同時に、健康状態もきわめて良好になりました。

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多発性骨髄腫

 
多発性骨髄腫は主に骨髄に浸潤する形質細胞の非制御増殖を特徴とするがんです。この病気は致死的疾患で、一般的に生存期間は診断がついてから1年前後とわずかです。化学療法を行うことにより生存期間が1年延びることもあります。
 
ここに紹介する症例は、低分子化ヘミセルロース療法に対するストレスの影響度を示しました。
 
いずれの症例も、多発性骨髄腫の標準療法である化学療法とインターフェロン投与を行っています。ただし、ストレスに対する対処法は患者さんによって異なるので、低分子化ヘミセルロース療法の結果も違ってくるという興味深いものです。
 
 

症例10◆56才の男性 多発性骨髄腫 放射線療法と化学療法

 
ヘビースモーカーだった56才の患者さんは10年前に禁煙し、飲酒の習慣もなく、重症疾患の既往歴もありませんでした。
 
がんと診断されたときも、すぐに仕事を辞めてできるだけストレスの原因になるものを排除するというふうに、病気に対してとても適切な対応をしました。
 
1994年10月、下部腹痛と全身虚弱などにより診察を受けたところ、多発性骨髄腫と診断されました。特に顕著な所見は、下部腰部の重篤な圧痛で、それ以外の身体所見は正常でした。
 
臨床検査データは、24時間尿のベンス・ジョーンズ・タンパク(BJP=多発性骨髄腫の腫瘍マーカー。正常値は0)値は934mg/日で、腰部X線では全身性骨減少と複数の腰椎の圧迫骨折が見られました。
 
多発性骨髄腫による重篤な腰痛があったため、腰部放射線療法(3000R)を開始、その後、化学療法を行いました。化学療法終了後、低分子化ヘミセルロースを1日3g投与し、その期間中は他の薬剤は使用しませんでした。
 
その結果、低分子化ヘミセルロース投与2週間後にはNK細胞活性基礎値が20%から一気に71%に上昇し、そのまま高い数値を維持しました。
 
低分子化ヘミセルロース投与中、血清免疫グロブリンレベルを何回も調べたところ、3種類の免疫グロブリン(IgG、IgA、IgM)はいずれも持続的に少しずつ上昇しました。
 
ある種の多発性骨髄腫で認められる単一のモノクローナル抗体(骨髄腫タンパク=Mタンパク)のピークは認められず、正常な免疫グロブリン合成が回復しました。ベンス・ジョーンズ・タンパク値は当初の934mg/日から0mg/日に低下したことも注目されます。
 
この患者さんは過去3年間、完全寛解を維持しており、現在では仕事に復帰しています。
 
 

症例11◆55才の男性 多発性骨髄腫 化学療法

 
映画会社に勤務している55才の患者さんは、1994年後半に多発性骨髄腫と診断され、化学療法とインターフェロンの投与を受けました。ベンス・ジョーンズ・タンパクは依然として高い数値を維持していました。
 
化学療法終了後に低分子化ヘミセルロースの投与を開始しました。NK細胞活性基礎値は22%でしたが、投与2ヵ月後には42%にまで改善しました。ベンス・ジョーンズ・タンパク値を毎月調べていましたが、低分子化ヘミセルロース投与開始1年前は271~578mg/日で、低分子化ヘミセルロース投与中は211~436mg/日と低下しました。
 
ペンス・ジョーンズ・タンパク値をさらに低下させなければなりませんでしたが、患者さんの仕事がきわめて多忙でストレスが多かったため、不可能でした。
 
 

症例12◆52才の男性多発性骨髄腫 化学療法

 
自営業を営む52才の患者さんは、1994年9月に多発性骨髄腫と診断されてすぐに化学療法を受けました。化学療法終了と同時に低分子化ヘミセルロースの投与を開始しました。この患者さんに関しては、低分子化ヘミセルロースに対する反応はおそかったように思えます。
 
NK細胞活性基礎値は15%でしたが、低分子化ヘミセルロース投与2ヵ月後には32%にまで上昇、そのレベルを維持していきました。ただし、このように中程度の数値をそのまま維持しつづけたというのは、患者さんがご自分の会社の経営のために忙しく働きつづけた結果でした。私は患者さんにもっと休養し、リラックスするようにアドバイスしました。
 
私の意図することを理解してくれた患者さんはすぐに実行に移し、しばらくたってからNK細胞活性値を調べてみると、55%まで上昇していただけなく、ガンマーレベル(がん負荷)が初めて6.2から5.6に低下していたのです。
 
 

症例13◆65才の男性 多発性骨髄腫 化学療法

 
定年退職した65才の患者さんは、いつも冗談を言って笑わせたりする、とても陽気な人でした。しかし、いままでの7年間というものは、多発性骨髄腫にC型肝炎、糖尿病、高血圧症を併発し、これらの病気との闘いでした。そして、体の状態が許す限り、化学療法をつづけていました。
 
1995年1月に低分子化ヘミセルロースの投与を開始したときのIGG(骨髄腫の腫瘍マーカー)値は2880だったものが、1995年5月には2420、10月には2360に低下し、1996年までこのレベルを維持しました。
 
ところが、患者さんが故郷に帰り、3ヵ月間の休暇を過ごしたときは低分子化ヘミセルロースの服用を中止したため、IGGの数値が5000以上になってしまったのはとても興味深い現象です。
 
いつも陽気で、積極的な姿勢と強い信念を持っているこの患者さんの性格は、化学療法あるいは低分子化ヘミセルロース療法を行っても、最高の結果が得られる下地を持っているということです。 

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子宮頸がん及び卵巣がん

 
子宮がんの主な危険因子はエストロゲン(卵胞ホルモン)ですが、閉経期におけるエストロゲン療法などにより、エストロゲンにさらされることがかえって発がんリスクをふやします。
 
卵巣がんは多くの場合、発症してもかなり進行するまでは目立った症状やサインがあらわれません。
 
また、子どもを産んだことがない女性は、子どもを産んだ経験がある女性と比較して子宮頸がん、卵巣がんともに発症する確率が高くなります。
 
いずれにせよ、子宮がん検診は初期のがんを発見するのにとても有効なので、40才以上の女性は毎年定期検診を受けるといいでしょう。
 
 

症例14◆47才の女性 子宮頸がん 手術せず

 
1994年2月に、この47才の患者さんは、子宮がん検診の子宮細胞検査でクラスIIIと判定されました。この患者さんは、扁平上皮細胞異型を持つ上皮化生を示しました。
 
これまで紹介した症例とは異なり、この患者さんは主治医からすすめられた手術を拒否し、代替療法をさがし始めました。
 
1995年1月に来院され、すぐに低分子化ヘミセルロースの投与を開始しました。それから6ヵ月後、パパニコロー染色法と呼ばれる細胞診判定ではクラスIIとなり、5ヵ月後にはクラスIと正常になりました。
 
この患者さんはいろいろなストレスをため込んでいました。家族にはがん患者が何人かいたため、彼女自身とてもがんを恐れていましたし、他人に対して悪い感情をあらわすことはけっしてなく、常に周囲の人たちのために、自分が犠牲になっているという生活をしていました。仕事とボランティアで彼女のスケジュールは信じられないほど過密でした。
 
 

症例15◆55才の女性 卵巣がん 手術と化学療法

 
大学の教官をしているヨーロッパ系アメリカ人の55才の患者さんは、胸部の腫瘍と腹部膨満により、1995年2月に入院しました。
 
MRI(核磁気共鳴検査)の結果、腹水を伴う卵巣がんが強く疑われました。Ca125(卵巣がんの腫瘍マーカー)の数値は305U/ml(正常値=35U/ml以下)で、さらに、病理所見では両側の卵巣がんを示していました。
 
広範な腹部手術を受け、腫瘍切除を行い、2月後半には、シスプラチンおよび5-フルオロウラシルと低分子化ヘミセルロースの併用療法(化学療法)を開始しました。NK細胞活性基礎値は15.2%でしたが、これは化学療法に起因する可能性が大きいようです。2週間の投与後、NK細胞活性値は37.4%に上昇、そして2ヵ月後、Ca125値は治療前の305U/mlから28U/mlという正常域まで低下しました。
 
1995年8月末には検査のために開腹手術を受け、37力所の生検を行いました。病理報告によると、病理検査に出された検体のいずれにおいても肉眼および顕微鏡によってもがんの兆候はみられなかったということです。
 
腫瘍マーカーのCa125および医師の診察によっても、現在までがんは認められていません。
 
この症例での特徴は、化学療法と低分子化ヘミセルロースを併用した卵巣がん患者で、完全な臨床的な寛解を得るまでの期間が短縮されたことです。平均的な嚢胞腫瘍患者では、化学療法だけでは正常化するまでに4~6ヵ月を必要とします。
 
卵巣がんの補助療法として低分子化ヘミセルロースが重要な役割を果たしたため、臨床的に無疾患状態が維持されており、臨床的な寛解を得るまでの期間を短縮するという仮説が確認されたことになります。
 
この患者さんは、悪性腫瘍を除去する方法として、免疫系の重要性をかたく信じていたため、治療の一部としてとても熱心に低分子化ヘミセルロースの研究に参加してくれました。
 
 

症例16◆53才の女性卵巣がん 手術せず

 
明るくとても感じのよい53才のこの患者さんは、1995年12月に、吸引生検(検査のために患部を針で吸引する)で異型濾胞細胞(濾胞状悪性新生物の疑い)が明らかになりました。しかし、患者さんは手術を拒否しました。
 
1996年5月、低分子化ヘミセルロースの投与を開始し、1年半継続しました。免疫および臨床評価で中程度の反応を示しました。NK細胞活性基礎値は13%でしたが、3ヵ月後14%、4ヵ月後18%、5ヵ月後20%、7ヵ月後23%、8ヵ月後38%と、少しずつ確実に上昇していきました。また、臨床評価では、がんの進行は認められませんでした。
 
この症例は、ストレスが低分子化ヘミセルロースに対する免疫学的および臨床的反応を遅延させる原因になっていることが認められたうちの一つです。
 
この患者さんは会社を経営しており、最近の経済危機の影響を受けていました。さらに重要なことは、仕事で海外に出張することが頻繁にあったことで、旅行に関するストレスは十分証明されたと思います。
 
ストレスにより免疫機能が低下するのはもちろんのこと、白血球の数までもが低下することを私たちの研究室で検証しました。しかし、このような問題の評価に関してはまだまだ時間が必要です。

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膀胱がん

 
膀胱がんは近年多くの工業国で増加しています。アメリカでの罹患率は、男性で四番目、女性で九番目に多いガンですが、40才よりも若い世代での発症はごくまれです。
 
膀胱がんの発がんリスクは、喫煙や工場から排出される化学物質が重要なファクターになっているようです。
 
 

症例17◆47才の女性 膀胱がん 化学療法

 
小学校教員の47才の患者さんは、1994年10月にステージIの膀胱がんと診断され、化学療法を6ヵ月間受けました。
 
ところが、その治療中の1995年2月に足の浮腫(腫張)が起こったので、私のところに来て、すぐに低分子化ヘミセルロースの投与を開始しました。
 
それから2年が経過した1997年2月にCTスキャンを行ってみたところ、がんの再発は認められませんでした。この結果がよかったため、患者さんはいままでどおりの生活と、仕事に復帰しました。
 
ある日、この患者さんの家庭を訪問する機会がありました。私たちは病気のことなどいろいろ話をしていました。そのとき、隣の子犬が庭に入り込み、走り回り始めました。それを見た患者さんは、まるで大災害にでもあったときのように、突然叫び始め、息子を大声で呼びました。
 
これには私も驚きました。隣の子犬が自分の庭に入ってくるなどということは日常的なことですからたいしたことはないと思うのですが、この患者さんにはたいへんなことだったようです。
 
それにしても、患者さん自身、日常生活の中において、ちょっとしたことにも過度な反応をすることがあるようでした。
 
私はこうアドバイスしました。
 
「些細なことは気にせずに、リラックスして生活するように心がけたらいかがでしょうか。そうしたら、もっと楽に毎日を過ごすことができると思います」
 
その後、この患者さんとはときおり連絡しあっていますが、体調も万全のようです。
 
 

症例18◆44才の男性 リンパ腫 化学療法

 
44才のこの患者さんは1991年2月に、右頸部リンパ節の生検により、初期の非ホジキンリンパ腫と診断されました。すでにこの時点で、巨脾症、血小板減少、両側性頸部リンパ節、腹水および骨髄への関与が認められました。
 
そして、全身化学療法を10サイクル投与されましたが、依然、疾患はつづいていたので、薬をサイトキシン、VP-16、プロカルバジン、プレドニゾロンに切りかえ、4サイクル投与されましたが、腹水および巨脾症はなくなっていませんでした。
 
白血球数は3.6と正常値よりも低く、赤血球数は4.4、血小板数は33でとても低い数値でした。
 
患者さんは1996年に、奥さんといっしょに来院されました。私は化学療法を中止して低分子化ヘミセルロースだけで治療することを説明しました。さっそくNK細胞活性値を調べてみると、41%と低い値でした。
 
それから2年半、低分子化ヘミセルロースだけで病気と闘いつづけていますが、巨脾症のため白血球数、赤血球数および血小板数には改善がみられません。しかし、以前はとても疲れやすかったのが、いまではそのようなことはなく、とても良好で、さらに、以前は一日じゅう寝ていたのが、近ごろでは4~5時間の睡眠で十分で、精神状態も良好ということです。
 
注目すべきことは、低分子化ヘミセルロースがガンの進行を止めていることと、免疫機能が感染症と闘えるように改善されてきていることです。それは、1年に1~2回はインフルエンザにかかっていたのが、1997年には一度もカゼをひかなかったことからもうかがえます。

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